多くの企業で導入されている固定残業時間代という残業代の支払い方法。
しかし固定残業代制度については「制度・運用が複雑でいまいち良く分からない」「通常の残業の支給方法と固定残業代としての支給方法どちらが自社に適しているかわからない」といった理由で検討はしているが着手していないという企業は多いはずです。
間違った運用をして固定残業代が無効とみなされた場合、給与の未払いが発生し、会社は大きな損失を受けます。
この記事では「固定残業代とは何なのか」「導入するメリット・デメリット」「運用する際の注意点」を解説していきます。
固定残業代とは
固定残業代とは時間外労働(残業)が一定時間あることを想定し、その一定時間の残業代をあらかじめ給与に含めて支給する仕組みです。
例えば時間外労働が20時間あった場合に、本来は20時間分の残業代を追加で支給しなければなりませんが、固定残業代として20時間分を含めて賃金を支給している場合は追加で残業代を支給する必要はありません。
残業があったとみなすのでみなし残業代とも言われています。
よくある誤解ですが固定残業代として残業代を支給しているからといって何時間働かせても残業代を支給しなくて良いというわけではありません。
あくまでも固定残業代として設定したみなし残業時間を越えた場合は、超過した時間外労働分は追加で残業代を支給する必要があります。
固定残業代制度のメリット・デメリット
固定残業代制度導入のメリット
・生産性があがる
通常の賃金の支払いでは残業すればするだけ残業代が支給されるのでだらだらと無駄な残業をするケースがあります。
固定残業代を導入し、早く帰っても同じ給料がもらえるので効率的に仕事を行うようになり生産性の上昇と時間外労働の削減が見込めます。
仕事ができる社員が残業をしないことにより給与が少なく、だらだらと仕事をする社員が残業代をもらって給与が高くなるという不公平感の解消にもつながります。
・従業員の業務のみえる化と教育につながる
みなし残業時間を導入することで会社が想定する時間内で終わる人と終わらない人の2種類に分けることが出来ます。
同じ量、同じ業務をしている人でみなし残業時間内で終わらない場合はなぜ終わらないのかをヒアリングし、早く仕事を進められるような指導・教育をすることが出来ます。
また、終わらない理由が明らかにその人に業務が集中しているような場合は業務の見直しや平等に割り振るなど業務の平準化を進めていくことができます。
・人件費管理が効率化する
通常の割増賃金の算定方法の場合、月によって大きく残業代が変動し人件費の予測をしにくくなります。
固定残業代を導入すれば毎月の人件費を残業代含めて見込みやすくなるため、年間のコスト計画の見通しが立てやすくなります。
またみなし時間を越えるほどの残業がなければ毎月一定の給与になるため給与計算業務も効率的になります。
・求人で給与を高く見せられる
求人を出す際に基本給のみで給与を出すと他社の賃金水準と変わらない場合でも、固定残業代を含めて求人を出すと賃金の水準を高くみせることが出来ます。
残業はあっても良いから給与はしっかりと貰いたいという人からは選ばれやすくなります。
固定残業代制度導入のデメリット
・正しく運用しないと大きなリスクがある
みなし残業時間を越えた時間に対して賃金を支払わないと当然賃金未払いになります。
さらに固定残業代の導入方法や運用方法が間違っていた場合、固定残業代自体が無効とみなされる可能性があります。
無効とみなされた場合は
・固定残業代は基本給とみなされ追加で残業代の支払いを命じられる
・固定残業代も含めて基本給みなされるので割増賃金の単価が高くなる
というリスクがあります。
こうなるとなんのために固定残業代を導入したか本末転倒です。
賃金の消滅時効は3年となっているので固定残業代が無効となった場合、会社は大きな損失を受けることになります。
・ブラックのイメージを持たれる可能性がある
固定残業代は求人の際、給料を高く見せられるメリットがあると記載しましたがデメリットもあります。
固定残業代含むと記載し求人を出すことは「当社は残業が前提です」と言っているようなものです。
求職者からすると「長時間労働が常態化している」「残業代含んで給料を支払っているのだから残業を強制的に命じられる」というイメージを持たれる可能性があります。
近年では働き方改革も進みワークライフバランスを求める人も増えてきているので、採用において不利になる場合もあります。
固定残業代を正しく運用するためのポイント
運用を間違えると無効になり大きなダメージを受ける可能性がある固定残業代ですが、どのように運用すれば法的に有効になるのでしょうか。
就業規則に規定する
賃金に関することは就業規則に絶対に記載しなければならない項目とされています。
これは労働基準法15条で定められています。
固定残業代としての手当の名称をどのようにするかは会社の自由です。
「営業手当」や「職務手当」という名称でも問題はありません。
しかし手当の名目が残業代として支給されていることを労働者が理解しておかないと、後々トラブルに発展する可能性があるため「固定残業手当」と分かりやすく記載することがおすすめです。
固定残業代が有効とされるためには固定残業代部分とそれ以外の部分を明確に区別できること(明確区分性)が必要です。
「営業手当には時間外手当を含む」という規定では営業手当のうち何円が残業代部分か明確ではありません。
したがって
「営業手当はその全額を職務の遂行に伴い生ずる時間外手当として、各人ごとに決定し支給する」というように手当の全額は時間外手当であることを明確にしておくことが有効です。
また固定残業代を基本給に含むような就業規則を拝見することがありますが、この基本給組込方式の規定方法はさらに注意が必要です。
基本給に固定残業代が含まれている場合、支給項目はすべて基本給になっていると思います。
このような場合、通常の労働時間部分と固定残業代部分を明確に区別することが出来ません。
基本給に何時間分の残業代が何円含まれているか明確に記載していなければ、有効と認められる可能性が低いです。
基本給に組み込む方式が絶対に認められないとまでは言えませんが労使のトラブル回避、訴訟に発展した際の固定残業代の有効性を主張するためにも
①基本給に含まれている残業代部分は基本給とは分けて手当として記載する
②手当の名称は明確に残業代と分かる名称(固定残業手当等)にしておく
ことが望ましいです。
従業員との個別の同意をとっておく
雇用契約書には固定残業代が見込まれる残業に対しての対価であることを記載し労働者の同意をとっておきましょう。
またその際は労働者が何時間分の残業手当として支給されているか理解できるように記載することが必要です。
雇用契約書の記載例としては
固定時間外手当 45,100円 (時間外労働25時間分として)
というように手当の金額と何時間分のみなし残業時間かを明確にしておきましょう。
固定残業代に対応した金額が何円になるかを計算するためには、時間外労働の割増賃金の基準となる月平均所定労働時間を算出しておく必要があります。
中小零細企業は年間の労働時間が決まっていないということがよくあります。
これでは適切な労務管理は出来ません。
残業代の計算を正しく行うためには労働者の1時間当たりの時間単価を算出しなければなりません。
1時間あたりの単価を算出するためには
1か月の所定労働時間が必要です。
ただし1か月の労働日数は月によって異なるので実務的には1年間の労働時間を12か月で割って、1か月の平均労働時間で単価を算出する企業が多いです。
給料÷1年間の平均所定労働時間×1.25×みなし時間外労働時間が固定残業代の金額に相当するようにしておきましょう。
例えば年間労働日数260日、年間休日105日、1日8時間労働の会社の場合です。
260日(労働日数)×8時間=2080時間が年間の労働時間です。 2080÷12か月=173.33が月平均所定労働時間です。 給料が250,000円の場合であらかじめ25時間の時間外労働を見込む場合は 250,000÷173,33=1443円(1時間単価) 1443×1.25=1804円(1時間当たりの割増単価) 1804×25時間=45100円 |
を固定残業代として支給する必要があります。
実際の時間外労働の時間が見込みの時間数を超えるときは、超える差額を支給する旨を記載する
冒頭で固定残業代制度を導入したからといって何時間でも働かせて良いわけではなく、みなし残業時間を越えた場合は追加で残業代を支給する必要があると記載しました。
その旨を就業規則及び雇用契約書に記載し、労働者への周知とともに固定残業代の考え方を理解してもらいましょう。
「みなし労働時間を越えて時間外労働をした場合、会社はその超過時間分の賃金を支給する」というような文言を追加しておきましょう。
上記の雇用契約書の記載例だと
賃金 基本給 250,000円 固定残業手当 45,100円(25時間分の時間外労働として支給) ※25時間を越える時間外労働があった場合は超過分の割増賃金を追加で支給する |
という記載をしておけば安心です。
賃金や固定残業代に関するトラブルは非常に多く、厚生労働省も固定残業代については適切に表示するよう喚起しております。こちらも参考になるので参照しておきます。
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11600000-Shokugyouanteikyoku/0000184068.pdf
まとめ
固定残業代は導入するメリットは大きい一方、運用を間違えると従業員とのトラブルになったり賃金の未払いが生じるリスクのある制度です。
就業規則や雇用契約書を整備、従業員への説明を行い、お互いに合意したうえでの運用をしましょう。
コメント